畏れるこころ
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くろうさとどうしてこういうことが起こるのかなと話したのですが、彼は言った。
「なまはげを信じなくなったから」
くろうさが読んでいる「築地魚河岸三代目」というマンガで、ノルウェー産サーモンの養殖の話題を何回か連載していたそうです。
汚染された海にいる天然ものよりも、きちんと管理した養殖ものの方が安全性が高い、ということと、人間が大量に捕ることで生態系を乱す、という考えで、ノルウェー産サーモンはほとんどが養殖なのだとか。
サーモンシリーズ最終回となる今回では、自然を畏れるこころについて語られているそうです。
北欧神話ではロキというトリックスターが、人間と神の間を立ち回ります。神話のいろいろなエピソードには、人間がどこまでを自分の能力でコントロールできるのか、どこからは人間の手の範囲外なのか、の線引きを表しているものがあります。
日本なら、なまはげとか、キジムナーとか、一見おそろしい姿をしたものたちが、同じような役割なのではないかな。
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この記事へのコメント
おはようございます。
何かで、「人間が地球を守る必要なんて無い。滅びるのは人間で、その後も地球は存在しつづける」と読んだことがあります。
リメイク版のアニメ「げげげの鬼太郎」では、「妖怪が存在しづらくなってしまった世の中」がテーマのひとつでした。
マクロビオティックでいう陰陽は、どちらが良い・悪い、ではないですよね。
闇や暗いものも意味があって存在し、それを畏れるこころが必要なのだと思います。
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私は“自然にやさしい”という言い方が好きではないので、“自然に迷惑をかけない”と言っています。人間のおごりを象徴しているような気がするので。(気持や行動は同じだと思うので人が言っているのはどうこう言いません。)
自然に対する畏怖の念や人間としての基本的な倫理観、何よりもまず先に身につけないといけませんね。
“三つ子のタマシイ百まで”といいますし。